介護職の給与の背景となる経済学的環境: 増額は可能か

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (23)

西村周三
医療経済研究機構所長


日本では高齢者が急増しつつあります。介護人材の確保が大きな課題になっています。団塊世代の子どもの数が絶対数として多かったため、これまで若年労働力の減少は避けられてきました。この世代がほぼ40歳に達し、今後は若年労働力が急速に減少していきます。それでなくても不足している介護人材が、2025年には、現状の2倍近く必要になるとする推計もあります。

労働力の急速な減少は、日本経済全体に大きな影響を与えます。外国人を受け入れて労働力不足をカバーしようという考えがありますが、これは、介護・福祉分野に留まらず、あらゆる産業で検討されるべき問題です。

しかしこの種の問題をいたずらに粗っぽく扱って危機感を煽ると、誤解に基づく過大な不安を招きかねません。冷静に実情を見極める必要があります。

第1に、介護人材に若年「高齢者」を活用できる可能性があります。現在、介護分野では、非常勤職員の割合が高く、その大半が、ヘルパーなどの職種に見られるように高年齢の職員です。

他の産業では、若年者の非常勤化が深刻な問題となっていますが、介護分野ではこの問題の深刻さは軽度です。今後も50から60歳代の介護従事者の増加を期待せざるを得ません。介護労働の「過酷さ」を軽減することがこの前提となります。労働条件を改善して、介護職にしばしば見られる腰痛、メンタルヘルスの問題などを軽減する工夫が必要です。高齢者による介護は体力的に難しい面があります。しかしここにこそ、工夫が求められます。

第2に、給与体系を多面的に検討する必要があります。他の産業と比べて、介護労働の「平均」賃金・給与の低いことが指摘されていますが、これは勤続年数、年齢、やりがいなどを考慮して総合的に検討すべきことです。今後、介護従事者を確保するために重要なことは、経験や勤続年数の増加に応じて、適切に給与が増加していくようにすることです。この分野は、2000年に介護保険が発足して以降、需要が急増した分野なので、相対的に経験年数、勤続年数の短い労働者が多いのが特徴です。こういった人たちに対する処遇が悪いことを批判する声が多くみられます。しかし、長期的に取り組むべき課題は、経験に伴って上昇する技能を、経済的に正しく評価することです。

経験や技能の向上を賃金の引き上げにつなげるためには、経済的評価に先立って、社会的評価、特に利用者による正当な評価を築き上げる努力が必要です。利用者が、介護職の高い技能を高い技能として認め、その享受を感謝するようになることが、介護保険料引き上げを受け入れるための要件の1つとなります。社会的評価を経済的評価につなげる好ましい流れを作ることが、給与の増額に必要です。

介護費用のほぼ3分の2は人件費です。ロボットの活用や、介護の技術進歩(例えば転倒防止のための人間工学的研究の現場での応用、介護者の体力の消耗防止や、メンタルな負担の軽減)にも大いに期待したいところですが、全体として介護者給与と介護保険料が連動することは避けられません。介護保険料引き上げの社会的合意が得られなければ、介護職の待遇改善は不可能です。

介護保険料引き上げへの社会的合意が得られる状況を作り出すためには、社会福祉法人などの経営者の意識を変えていかなければなりません。現在、社会福祉法人の積立金の多さが批判の的になっています。一般の産業における内部留保は、社会福祉法人に比べて、桁違いに多いのですが、それでも、社会福祉法人の経営者は、内部留保を職員の待遇改善につなげるべきであるという批判を、甘んじて受けるべきです。他産業に比べて、職員の経験年数が短いことからすれば、今後の人件費を確保するために積立金を保有したいという気持ちは分かりますが、やはり適切な給与を保障しないと、「安かろう、悪かろう」の介護が横行しかねません。

最後に介護職の待遇改善について、長期的に見て2つの方向があることを述べておきます。1つは北欧型の高福祉・高負担の方向です。この場合は、社会保険料負担ないし税負担が高まることは避けられません。

もう1つは、公的介護保険がカバーする範囲を限定し、個人負担の範囲を大きくする方向です。公的介護保険外のサービスについては、個人の選択に委ねられ、現金や民間保険で支払われることになります。将来にわたって、公的介護保険がなくなることは考えにくいですが、財政事情からは、給付範囲の見直しは避けられません。

公的介護保険の範囲を限定する場合、介護サービスの提供側は、広報活動をこれまでより活発に行わなければならなくなります。現在、社会福祉法人などを束ねて経営するホールディングカンパニーが提案されていますが、小規模のサービス提供者には、広報活動に割く余裕のないことが問題です。

実は先進的な介護活動の多くは、ボランティア的な小さい事業者によって生み出されています。利用者側には、これを評価する能力が求められます。この分野で、本当に良いサービスとは何かを判断することは意外に難しいのです。


西村周三: 介護職の給与の背景となる経済学的環境: 増額は可能か. Socinnov, 2, e9, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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