辞めていく介護職

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (22)

熊田梨恵
医療問題ジャーナリスト


日本ではこれから高齢化が一層進んで要介護者が増えますが、介護現場では慢性的に人が足りません。公益財団法人介護労働安定センターが2013年度に行った「介護労働実態調査」では、従業員の不足感がある事業所が56.5%という結果でした。

人手不足の最も大きな理由は、賃金が低いことです。全国労働組合総連合の介護・ヘルパーネットが2014年4月に発表した「介護施設で働く労働者のアンケート調査中間報告」によれば、介護施設で働く正規職員に決まって支払われる賃金の2013年10月分の平均は20万7795円でした。厚生労働省が2013年に行った「賃金構造基本統計調査」によれば、一般労働者(短期労働者以外で、正規、非正規を含む)の2013年6月分の平均所定内給与額(※)は29万5700円でした。約9万円の開きがあります。この調査によれば、ホームヘルパーの平均年齢は44.7歳で、所定内給与額の平均は20万4300円でした。この調査が示す大卒初任給の平均19万8000円とあまり変わりません。

月に20万円では、都市部だと家賃を払って食べていくだけで精一杯です。共稼ぎでないと、家族を養っていくのは難しい額です。

筆者が以前、富裕層を相手にした有料老人ホームで働いていた時の話です。スタッフの中に、20代半ばの男性で、介護技術も高く、よく気の利く優秀な職員がいました。彼をとても気に入っている入居者がいて、その方は現役時代に会社を経営していました。ある日、その男性スタッフが辞めたいと言い出したのです。スタッフ全員で引き止めたのですが、彼は結婚を考えていたようで、「この仕事だと給料も少ないし、結婚もできない。今後が心配」と言って辞めていきました。ただでさえ少なかったスタッフから頼りになる男手が減り、大変でした。ところが数カ月後、何と、その入居者の家族とその男性スタッフが一緒にホームに来たのです。驚いたことに、彼はその入居者が経営していた会社に就職していたのです。

とても気の利く優秀な職員だったので、自分の会社にほしいと思われたのでしょう。外出や外泊する時には介護を任せられるし、会社の仕事も任せられるなら、一石二鳥ということで彼を引き抜いたようなのです。経営状況のいい建設会社だったようで、給料が上がったと思います。

最初に示した2013年度の介護労働実態調査では、介護に関わる労働者の54.0%が、現在の仕事を選んだ理由として「働きがい」を挙げています。ところが、いざ働いてみるといわゆる「3K」の職場です。賃金の低さ、社会的評価の低さ、身体的・精神的負担が大きいことに悩んで、辞めていく人が多くいます。この調査では、働く上での悩み、不安、不満等として最も多かった回答は、「人手が足りない」で45.0%、次に多かった回答は「仕事内容のわりに賃金が低い」で43.6%でした。この調査によれば、訪問介護や施設介護を直接行う職員の2012年10月からの1年間の離職率は16.6%でした。ただし、「2013年雇用動向調査」では、2013年1月から12月までの常用労働者の離職率は15.6%とあまり変わりませんでした。どの職場でも離職が多いのかもしれません。

介護は、本人や家族の一番近くで寄り添う仕事、とてもやりがいのある大切な仕事です。介護は、自分よりずっと長く生きてきた人の生活に関わる仕事です。身体介護や生活援助の技術だけが優れていても、よい介護はできません。大きいのはコミュニケーション力です。状況やタイミングを読んだり、他の家族や関係者、専門職との関わりを考える必要があります。介護職は、医師や看護師より本人と関わっている時間が長いのです。本人の微妙な変化に気づく力が求められます。人はみな違うので、誰かにとってよかったケアが、他の人にとってよいとは限りません。工夫する力が必要です。専門性が非常に高く、本人や家族からの要求が多い仕事です。それなのに、賃金が一般労働者と比べて9万円近く低いのでは、人手不足も仕方ないでしょう。

人手不足なのに、なぜ賃金が上がらないのでしょうか。介護サービスは、国が報酬額を決める介護保険制度の中で提供されています。その報酬額の設定が低いのです。その中から運営に必要な経費を引くと、結局人件費を下げざるを得ないのです。

実は、政府も介護職の給与を上げるために、対策を講じています。2009年度の介護報酬3%プラス改定、2009年10月から始まった介護職員処遇改善交付金、2012年度の介護報酬1.2%プラス改定を合わせると、介護職員の給与を月額3万円相当引き上げる効果があったとしています。しかし、介護報酬のうちどれだけを人件費に回すかは経営者次第なので、事業所によってばらつきがあります。

介護報酬を上げて給与を増額しようとすれば、保険料と税金を上げざるを得なくなります。

65歳以上が支払う介護保険料の月額は、2000年の制度開始から2003年度介護報酬改定までの全国平均で2911円でした。これが2012年度介護報酬改定後3年間の全国平均では4972円にまで増えました。今後も介護需要が増え、保険料が上がるのは目に見えています。介護人材を確保するために負担を増やすことについて、国民の理解を得られるかは分かりません。

2015年4月の改定では、財源不足のため介護報酬が大幅に引き下げられました。処遇改善などを条件に加算も設けられましたが、介護施設の収入を下げる一方で給与を上げるという芸当が差し障りなく実施できるのか、今後の推移を注視する必要があります。

※ 労働契約等であらかじめ定められている支給条件、算定方法により6月分として支給された現金給与額(決まって支給する現金給与額)のうち、超過労働給与額(1.時間外勤務手当、2.深夜勤務手当、3.休日出勤手当、4.宿日直手当、5.交代手当、として支給される給与をいう)を差し引いた額で、所得税等を控除する前の額をいう。


熊田梨恵: 辞めていく介護職. Socinnov, 2, e8, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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