メタボ検診よりも虐待検診を

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (21)

小野沢滋
北里大学病院トータルサポートセンター長


人は年をとるものです。年とともに体力は衰え、やがて知力も衰えていきます。これは誰にでも訪れる現実です。ある程度早死すれば、そういった経験をしないで済むかもしれませんが、特に女性の場合、全人口の半数以上が要介護状態を経験した後に亡くなっていきます。

医療の役割は健康を守ることです。WHO憲章によれば、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」(日本WHO協会訳)となります。私たちはともすれば身体的健康にのみ注目しがちです。しかし、残念ながら、85歳の男性や90歳の女性の身体的健康を守ることは容易ではありません。彼らの寿命を延ばすための医療は、果たして彼らの幸せ、つまりWHOの定義による健康にとって、意味を持つのか疑問に思うことが多々あります。

男性は85歳、女性は90歳以上になると、死亡率が年間10%を超えます。つまり、それ以後の年齢の人たちは、1年間のうちに少なくとも10人に1人は亡くなるのです。死の近くにいる人たちの健康を、身体的健康のみとすれば、それを守ることはほぼ不可能だということが死亡率を見ても明らかなのです。

そういった中で私の頭をよぎるのは、身体機能の維持だけに注力している現在の医療や介護、特に「予防」の取り組みが虚しい努力ではないのかという疑問です。私の経験から言わせていただければ、高齢者は、自発的努力があれば体の機能が維持あるいは改善されることがありますが、外部からの指導にはほとんど効果がありません。そして、恐らく彼らの健康を私たちが守れるとすれば、それは身体的健康よりも精神的健康や社会的健康の方だと思うのです。

虐待検診

虐待を予防するための検診があったらどうでしょう。高齢者虐待は、される方もする方も明らかに「健康」を著しく損ねる出来事です。

2012年度の「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査」(以下虐待防止調査)によれば、相談・通報のあった2万3843件中虐待と認定された件数は1万5202件でした。被虐待高齢者から見た虐待者の続柄は息子が7071人、41.6%、以下夫18.3%、娘16.1%、息子の配偶者5.9%、妻5.0%と続きます(図1)。

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2013年の「国民生活基礎調査」によると、同居介護者の69.4%が悩みやストレスを自覚しています。「ほとんど終日」介護に携わっている同居の主な介護者は、妻38.2%、娘19.3%、夫16.1%、息子11.4%、嫁9.6%、婿0.2%でした(図2)。

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この数字と虐待防止調査の数字を組み合わせ、ストレスから虐待が発生すると仮定して、おおよその虐待発生相対危険度を計算しました。最も頻度の低い妻による虐待を1とすると、相対危険度は婿73、息子28、夫8.7、娘6.4、嫁4.7でした(図3)。介護者が男性か女性かによって、明らかに虐待発生の危険度が異なりました。

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息子による介護での虐待発生率を、大まかに推計してみましょう。2012年度の介護保険事業状況報告によると2012年10月末の要支援・要介護認定者総数は549万人。介護給付費実態調査の2012年11月審査分のデータと2013年度有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅に関する実態調査研究から、家庭で生活している要支援・要介護者数を推計しました。家庭での介護保険サービス受給者数は327万人、家庭以外でサービスを受けている人は133万人でした。要支援・要介護の認定を受けているにもかかわらず、サービスを受けていない人は計算上89万人になりました。家庭で生活している要支援・要介護者総数は327万人+89万人、合計416万人と推計されます。前記国民生活基礎調査で、介護時間が半日あるいはほとんど終日になり、同居の介護者に負担のかかる人は、要支援・要介護者の34.8%でした。すなわち、半日、あるいは、ほとんど終日家庭で介護を受けている人は計算上、145万人になります。これに終日介護している担当者の比率を乗ずると16万5000人程度の要支援・要介護者が息子によって長時間の介護を受けていたと考えられます。2012年度、息子による虐待発生件数は7071件でしたので、息子による介護では、少なくとも年間約4%程度に虐待が発生したという計算になります。大まかではありますが、まれな出来事とは言えないということが分かります。表面に出てきていない事例もあります。条件さえそろえば、誰にでも生じうる事態かもしれません。

私も、息子が介護者のケースで明らかな虐待事例を数例経験しました。私が委員長を務める鴨川市虐待防止委員会にこれまで報告された高齢者虐待の事例も、多くが息子による虐待でした。

息子や夫が、娘や妻より悪いとして、取り締まりや処罰で対応しようとしても、事態は改善されません。善悪の問題ではなく、生物学的条件の問題として捉え、それを前提に予防対策を立てるべきです。そこで検診の仕組みを役立てられないでしょうか。

自治体の取り組み

自治体によって、虐待に対する取り組みは大きく異なります。家族による虐待という悲惨な問題を扱うのは、容易なことではありません。地域包括支援センターの力量、その指導者の個人的力量に大きく依存します。

千葉県内で最も意欲的に取り組んできた松戸市や鴨川市では、2012年前後の高齢者人口あたりの虐待発生率は0.2%程度でした。千葉県全体では0.1%と下がり、千葉県内の市町村によってはゼロという所もありました。これは虐待発生が少ないということではなく、虐待から目を背けているために発生を把握できていないのだと思われます。

自治体が虐待の問題に向き合うきっかけとしても、虐待検診は有意義だと思うのです。

効果が定かではないメタボ健診に多くの財源を投入するよりも、虐待検診を行う方がはるかに低コストで国民の社会的健康に役立つのではないでしょうか。多死の時代の今こそ、身体的健康をめざして無益な努力をするのではなく、よりよく死ぬことをめざして社会的健康のためにもう少しお金を使ってはどうでしょうか。


小野沢滋: メタボ検診よりも虐待検診を. Socinnov, 2, e7, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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