家族介護の負担とその後

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (20)

小野沢滋
北里大学病院トータルサポートセンター長


前稿では、人が亡くなるまでの期間と機能低下のパターン、その割合について考えました。本稿では、看取りまでの期間の経済的負担について考えたいと思います。

この問題は、個人の問題に留まりません。下手に扱うと社会の活力を根こそぎ奪ってしまう可能性すらあります。

私たちが訪問診療を行っていたある家族は、娘さんが母親を介護していました。娘さんは結婚しておらず、父親を10年以上前から介護し続けて、数年前に看取りました。今度は母親が認知症になったため、さらに介護を続けてきました。彼女は40代の半ばで仕事を辞め、父親の介護を始めました。今では55歳です。介護や入院の費用で彼女の蓄えは年々減少しています。今は母親の年金が主な収入源です。この先彼女はどうなってしまうのだろうと心配になります。こういったケースはまれではなく、私たちが関わっている範囲だけでも何件もあります。

図1は2000年4月から2010年12月の間に、亀田総合病院で在宅診療を開始した患者の、主たる介護者の年齢階級別人数を、男女別に集計したものです。要介護者が男性か女性かで、介護者の年齢分布は大きく違っていました。男性が要介護者の場合、妻が介護者になることが多くなりますが、女性が要介護者である場合、子どもが主な介護者になっているためです。

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今後出現する要介護者の多くが女性であることが、事態を深刻にします。現在の制度下では、女性の要介護者が在宅介護を受けると、子どもが介護者になり、介護のために職場を離れてしまう可能性が高いのです。

図2は1994年7月から2010年8月までに死亡した亀田総合病院の在宅診療患者の家族の、ざっくりとした逸失利益の推計値を、主要疾患別に見たものです。医療費については、亀田総合病院の支払いデータから、入院、外来、在宅診療の自己負担分を疾患別に集計し平均しました。介護費は2009年4月から2010年7月までの間に死亡した患者の、亀田総合病院の在宅医療部と関連介護支援事業所の両方を利用した患者86名のケアプランから、自己負担分を算出しました。就労機会損失はその疾患群の平均介護期間に、介護者が仕事を辞めた場合の機会損失を時給700円として算出しました。

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認知症や脳血管障害では、介護は数年間に及びます。その間、介護に専念したとすれば、数百万円の負担になります。

総務省の「2012年就業構造基本調査」の第203表では15歳以上で家族の介護をしている人は557万4000人でした。第127表によれば、過去5年間で、介護・看護のために離職した人は48万7000人です。そのうち、38万9000人が女性で、全体の約8割を占めました。私が出会ってきた娘さんやお嫁さんはこのうちの何人かに過ぎず、まさしく氷山の一角だったのです。ただでさえ少なくなっている労働力、特に女性の労働力が社会から奪われているのです。彼女たちのうち、かなりの数が仕事を辞め、蓄えを使い果たし、自分が介護される時には生活保護を受けるのです。

前記調査の第186表によれば、2012年10月1日時点で女性の無業者は2973万人でした。このうち681万人が就業を希望していましたが、414万7000人は求職していませんでした。第187表によれば、このうちの5.3%、21万8000人は介護・看護のため求職していませんでした。

在宅介護は見目麗しく語られがちです。しかし、私が長年在宅医療や退院支援に関わってきて得た実感から言わせてもらえば、現在の日本の制度では、家族の負担がとても重いと言わざるを得ません。

では施設介護が最後の切り札なのかというと、これにも問題があります。あまり知られていませんが、介護施設入居者の医療へのアクセスは極端に制限されているのです。酸素も、がんの痛みを緩和するための持続皮下注射の際に使うポンプも、使用できる施設は極めて限られています。

地域包括ケアと言いますが、これらの問題は置き去りにされているのです。

もし、私たちが自分の老後を満足いく形で過ごしたいと思うのなら、介護施設や、在宅医療の形を根本から変える必要があると思います。

制度をすぐに変えることは難しいかもしれません。しかし、今すぐにでもでき、そして絶対に行うべきだと思うのは、私たち医療提供者、そして介護提供者の頭の中に根強くある「家族が介護するのは当たり前」という考え方を消し去ることではないでしょうか。この考え方が、娘さんを介護のために離職させ、やがて生活保護を受けざるを得なくさせている、そういう現実があるのだと私たちは認識し、強く反省すべきです。


小野沢滋: 家族介護の負担とその後. Socinnov, 2, e6, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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