社会課題の解決

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (36)

小松俊平


亀田総合病院は、房総半島南部の安房地域にあります。多くの地方と同様、安房では人口の減少が続いており、自治体は衰退、消滅の危機にあります。亀田総合病院も、将来、安房で存続できなくなる恐れがあります。地域の状況が厳しくなっていく中で、人々の関心は短期の小さな成果に向かいがちです。人々の目線を長期の大きな目標に合わせられなければ、地域の運営が支離滅裂になっていきます。

他方、首都圏は、現状でも医療・介護の需給が日本で最も逼迫していますが、団塊世代の高齢化に伴い医療・介護需要が大幅に増加していきます。特に、療養病床、入所介護施設が足りません。しかし、都市部の用地は限られており、生活費、人件費も割高なため、病院や介護施設を新たに作るのは困難です。狭い範囲に多くの病院や介護施設が乱立しており、相互の連携も良好とは言えません。都市部の中だけで、事態に対処するのは不可能です。

2012年3月、このような課題認識を背景にして、安房地域の人口減少と、首都圏の医療・介護需要の増加への対応に、「安房10万人計画」という名前を付け、亀田総合病院グループ、さらに、安房地域を束ねる長期の大きな目標にしてはどうか、というアイデアが生まれました。ミッションは次の3つです。

(1) 首都圏の高齢者に、安房で、楽しく穏やかな人生を過ごし、死を迎えてもらう。
(2) 高齢者を支える若者に、安房で、結婚し、子どもを生み育ててもらう。
(3) 安房を活性化することで、住民に職を提供する。

その後、多くの議論が積み重ねられ、安房10万人計画は、多様な関係者の関心が織り込まれたストーリーとしての地域生存戦略に発展していきました。関連する多くのプロジェクトが動き出し、そこからプログラムが生成され、それが新たにプロジェクトを作り出していくという流れが生まれました。

2013年11月から動き出した「亀田総合病院地域医療学講座」も、その1例です。映像シリーズとこの書籍の次は、地域包括ケアの規格化に取り組みます。権力や権威ではなく、合理性に依拠した標準化をめざします。抽象的に議論するだけでなく、安房に地域包括ケアシステムの現実のモデルを構築し、それを地域の競争優位につなげていきます。そのためには、法令に代わるような社会的なプログラムを、民間で構築していくにはどうすればよいか、模索しなければなりません。

安房地域が生き残りを図る上で、高齢者を迎え入れるための作戦以上に重要なのが、若者を迎え入れるための作戦です。若者に、安定した職、次のステップやキャリアラダーが見える職、そこに至る教育や職業訓練、子育てしやすい環境を提供しなければなりません。

2014年4月には、安房地域内の千葉県館山市に、「安房医療福祉専門学校」が開校し、社会人19人を含む49人が入学しました。3年間の教育課程で看護資格の取得をめざします。安房医療福祉専門学校は、社会人を積極的に受け入れ、働き始めても学び直せる社会、退職しても新しい職場に移っていける社会の構築に貢献します。雇用につながる教育によって、地域の人々の生活保障の一翼を担います。

同じく2014年4月から、安房地域内の千葉県鴨川市で、日本一の子育て支援サービスの提供をめざすプロジェクトが動き出しました。認定こども園を中心としたサービス提供複合体により、学童保育、必要時夜間保育、病児保育を簡単な手続きで提供することをめざします。

2015年2月、「特定非営利活動法人ソシノフ(Socinnov)」が成立しました。「Social Innovation」にちなんで名付けられました。ソシノフは、地域に戦略を与え、社会課題を解決するための組織です。亀田グループや、安房地域の住民、企業、自治体だけでなく、日本中、世界中の個人、組織と協働していきたいと考えています。企画開発のエンジンとなるだけでなく、参加者が社会の課題を同定し、その解決方法を考えるための議論の場を提供します。

ウェブサイトを立ち上げ、社会課題解決のための理念、個々のプロジェクトやプログラムのミッション、成果を伝えます。支援者データベースシステムを導入し、人々の共感や寄付、参加を事業の推進につなげていきます。地域の具体的課題に取り組みながら、社会の課題を解決するための多様な方法を開発し、得られた知識を誰もが使える形で蓄積していきます。

社会課題の解決に役立つ知識が、生産、蓄積、共有、そして更新されていくためには、論文の形式によるコミュニケーションが必要です。しかも、そのコミュニケーションが、現場の人間も参加できる程度に簡素なものでなくてはなりません。そのための論文の形式、評価方法、保管方法を開発していきます。

ソシノフの基底にあるのは、「民による公益活動」という考え方です。社会の混迷を強い権力で打ち破ろうとすることの危険性は、歴史が証明しています。我々は、民による公益活動によって、社会の問題を解決していきます。権力による強制ではなく、共感と自由意思に基づく参加によって、可能なところから問題を解決していきます。解決を示すことによって、国や自治体の政策を改善していきます。

地域医療学講座の映像シリーズとこの書籍では、様々な分野の実務者、研究者が、それぞれの領域に閉じこもることなく、ケアシステムの内と外、過去と未来、理論と実践を見据えて議論することができました。これからも、ソシノフが構築していくコミュニケーションの基盤上で、議論が継続していきます。


小松俊平: 社会課題の解決. Socinnov, 2, e22, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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