無料低額診療の実際

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (31)

香田道丸
社会福祉法人太陽会安房地域医療センター安房地域総合相談センターセンター長, 千葉県中核地域生活支援センターひだまりセンター長
(聞き手・熊田梨恵)


熊田 香田さんは、無料低額診療事業を実施されています。どのように業務を行っているのですか。

香田 相談窓口として新たに「生活サポートセンター」を立ち上げました。ソーシャルワーカーが面接の中で、収入や支出、現金、預貯金、負債、生命保険、利用可能な社会資源などを調べます。調査票を作成し、申請書と併せて院長決裁に回しています。全ケースをカンファレンスでレビューしています。このカンファレンスには理事長や院長も出席しています。

熊田 対象になる方々を通して、どういう状況が見えてきますか。

香田 高齢世帯や独居、母子家庭など様々な世帯が生活に困窮して多重債務になったり、国保税滞納による無保険状態になったりしています。こうした貧困の原因の1つに、病気や身体障害に加えて精神障害や発達障害、高次脳機能障害など何らかのコミュニケーション障害が重なっていることがあります。家庭内暴力やいじめを受けたり、社会になじめなくて解雇されたり、就業困難、地域からの孤立など、大抵複数の問題が重なっています。加齢で働けなくなったり、疾病で寝たきりになったりすると、一気に生活が崩れます。コミュニケーションが取りにくく、医療に結び付けようとしてもしばしば拒否されます。不衛生である場合も多く、いわゆるゴミ屋敷の中で生活している方、漁港に落ちている小魚を拾って食料にしている家族もおられました。

熊田 どのような状況なのか、架空事例で結構ですので具体的イメージを教えていただけないでしょうか。

香田 双極性気分障害、いわゆる躁うつ病で、難治性気管支喘息による障害基礎年金2級を受けている50歳の女性を想像してください。元夫の暴力が原因で7年前に離婚し、実家に戻って19歳の息子と83歳の父親との3人暮らしです。父親は3年前に脳梗塞で左不全片麻痺となり要介護2です。つかまり歩きをしながらかろうじて自分でトイレに行っていますが、間に合わないことが多く、尿臭が漂っています。1人息子は軽度知的障害が疑われ、就業困難、引きこもりや地域の元同級生からのゆすりなどの問題を抱えています。本人は躁うつ病と気管支喘息のため働けません。父親と本人の年金収入のみではおぼつかず、父親の預貯金を取り崩して生活していますが、底をつくのは時間の問題です。自宅は屋根瓦が落ち、雨漏りのためか畳がところどころ腐っています。片付けがほとんどできておらず、ゴミ屋敷状態です。

躁うつ病については自立支援医療で通院医療費の助成を受けています。しかし、その1割の自己負担金に加え、気管支喘息の定期受診や発作時の救急の医療費、父親の医療費などの支払いが滞っています。こういう場合、無料低額診療を適用するだけでなく、身体障害者手帳の等級の見直しなど、他の福祉サービスも紹介しています。

熊田 なるほど、具体的な状況が分かれば、別の支援につなげることもできますね。

香田 行政との交渉に至ったケースも少なくありません。あるケースでは、医療費のあてがなくて生活保護の申請を相談した住民に対し、生活保護窓口担当者は当院の無料低額診療事業を紹介し、申請を受理しようとしなかったのです。

熊田 そんな、ひどい話だと思います。その方はどうされたのでしょう。

香田 その方は無料低額診療を利用し、入院治療は受けられましたが、治療が終わっても退院できず、救急病院のベッドにずっと入院しておられました。生活保護の裏付けが得られない状況では、私たちも施設入所や転院の相談をできず、八方ふさがりでした。再三、福祉課に申し入れましたが、「補足性の原理」(※)を曲解し、他の制度が優先だと言って、受け付けませんでした。

熊田 無料低額診療は、任意かつ善意のもので限定的な支援ですよね。これを理由に生活保護という基本的な支援を拒むというのは、信じがたいことですね。これだと無料低額診療は誰もやらなくなってしまいます。

香田 福祉行政は、自分たちのテリトリーから追い出すことで解決を図ろうとすることがあります。医療費にも税金が投入されているにもかかわらず、福祉予算が使われなければ良し、としたわけです。福祉行政が対応すべき住民の問題を病院に丸投げしたようなものです。こういったケースが何件か続いたため、市長や福祉課長に直談判し、早急な改善を求め、受け容れられました。

熊田 行政の姿勢の改善につながったのですね。2012年11月に開始したということですが、適用されたのは何件ぐらいあるのですか。

香田 2年間で約200件の相談を受けましたが、実際に適用になったのは50件ほどです。どなたも経済的に困窮しておられましたが、高額療養費制度など、無料低額診療以外に利用できる様々な制度の説明を聞くことで安心して帰って行かれる方が多かったです。無料低額診療の功績は数ではありません。相談に乗った方々の多くは、借金や税金の滞納によって年金や社会保障を受けられないという負のスパイラルに陥っている上、福祉行政から見放されて地域に埋もれてしまっていました。無料低額診療があることで、その方々を生活保護や手当受給など別の福祉サービスにも結び付けることができました。支援の端緒になったことが大きな成果だと思っています。

熊田 ソーシャルワーカーの重要性が増していきますね。

香田 制度の狭間に陥って支援を受けられない方々を支援につなげたり、行政との交渉を行ったりと、今後一層重要になっていくことは確実だと感じています。

※ 生活保護が本人の「資産、能力その他あらゆるもの」の活用を要件として行われ、また、「扶養義務者の扶養」および「他の法律に定める扶助」が生活保護に優先すること(生活保護法4条)。


香田道丸: 無料低額診療の実際. Socinnov, 2, e17, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

pdf_bt