無料低額診療規定

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (30)

小松俊平
医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員, 社会福祉法人太陽会理事長補佐


社会福祉法人太陽会が千葉県館山市で開設している安房地域医療センターでは、2012年11月以降、無料低額診療を実施しています。無料低額診療は社会福祉法に基づく制度であり、生計困難者が必要な医療を受ける機会を制限されないよう、社会福祉事業として医療を公定価格より安く提供するものです。医療を公定価格より安く提供することは、療養担当規則により禁じられていますが、無料低額診療として適正に実施する場合は、これに違反しません。

背景

安房地域医療センターで無料低額診療を開始したきっかけは、地方の貧困化です。これまで地方の雇用は、公共事業と工場が支えてきました。公共事業は、財政悪化で大幅に削減されました。工場での雇用も、技術革新による省力化と生産拠点の海外移転によって減少しています。館山市では2012年、2つの大きな半導体工場の閉鎖が決まりました。特に厳しい状況に置かれているのが、国民健康保険加入世帯です。国保実態調査によれば、2012年度の国保加入世帯の前年の平均所得は141万6000円、平均保険料は14万3000円でした。社会保障推進千葉県協議会の報告によれば、2012年の館山市の総世帯に占める国保加入世帯の割合は44.8%、国保加入世帯に占める前年度滞納世帯の割合は27.4%でした。安房地域医療センターでは、重篤な症状で救急搬送されたものの保険証がなく帰ろうとする患者や、自己負担分のお金がなく入院できないという患者が珍しくありません。そのような人たちに「お金のことは相談に乗るので、病気を我慢しないで治療しませんか」と言えるようにしたい。これが無料低額診療導入の理由でした。

規定の設計

社会福祉法は各事業者の創意工夫と自主性を重んじており、無料低額診療の具体的な実施方法の多くは、各事業者の裁量に委ねられています。各事業者は、この裁量を活かし、社会保障の狭間で医療にアクセスできなくなった人たちを、効果的に救済することが求められています。安房地域医療センターでは、「安房地域医療センター無料低額診療規定」という院内規定で無料低額診療の基本的な運用方針を定めました。条文に沿って考え方を説明していきます。

(趣旨)
第1条 この規定は、安房地域医療センター(本院)が、社会福祉法2条3項9号の「生計困難者のために、無料又は低額な料金で診療を行う事業」(無料低額診療)を実施するために必要な事項を定めるものである。

1条は、規定の趣旨を述べています。

(原則)
第2条 無料低額診療は、以下の制約の中で最大の成果を挙げるように実施されなければならない。
(1) 本院の存続が脅かされないこと。
(2) 本院の急性期病院としての機能が損なわれないこと。
(3) モラル・ハザードを起こさないこと。

2条は、4つの原則を示しています。

第1は、病院の存続が脅かされないことです。無料低額診療患者の割合が一定以上の場合、固定資産税非課税とする措置がありますが、公的医療を担うべきとされる病院の多くは、もともと固定資産税非課税です。安房地域医療センターも、以前から固定資産税の減免措置を受けてきました。無料低額診療の費用は病院の持ち出しです。無料低額診療によって病院が潰れてしまえば元も子もありません。病院の負担が過大にならないように、滞納世帯に対する保険給付や生活保護のあり方について、自治体とよく協議するなど、運用に工夫が求められます。

第2は、急性期病院としての機能が損なわれないことです。無料低額診療によって、急性期の治療が終了しても患者が病院に留まることになってしまうと、新たに緊急入院を受け入れられなくなるなど、急性期病院としての機能が損なわれる事態が生じかねません。この点についても工夫が必要です。

第3は、モラルハザードを起こさないことです。これは社会保障の根本に付きまとう問題です。負担する費用の多寡とサービス水準の逆転を許せば、働く意欲が削がれます。ごね得を許せば、ごね得がはびこります。無料低額診療が市民の行動を歪めないよう、注意しなければなりません。

第4は、このような制約の中で最大の成果を上げるように、改善を続けることです。

(対象)
第3条 無料低額診療は、以下の者であって、診療が必要であるにもかかわらず自らの負担による診療費の支払いが困難と認められる者を対象とする。
(1) 生活保護を受けている者
(2) 住民税非課税世帯の者
(3) その他の生計困難者

3条は、対象について定めています。ケースごとに「診療が必要であるにもかかわらず自らの負担による診療費の支払いが困難」かどうかを判断しています。

(料金)
第4条 無料低額診療は、健康保険法76条2項の規定により算定された額および同法85条2項に規定する基準により算定された費用の額の合計額の10分の1に相当する金額を患者の負担金額から差し引いた料金(10分の1に相当する金額が患者の負担金額以上であるときは無料)により行う。このほか、患者の診療のために必要と認められるサービスに要する費用を減免することができる。
2 患者の診療のために特に必要と認められるときは、10分の1に相当する金額を超える金額を患者の負担金額から差し引いた料金により行うことができる。

4条は、料金について定めています。保険診療を前提に、療養の給付に要する費用と入院時食事療養費の合計額の10%を、患者の負担金額から割り引くことを原則にしています。

(申請と承認)
第5条 無料低額診療により負担金の減免を受けようとする者は、医療ソーシャル・ワーカー(MSW)と相談のうえ、別に定める様式の申請書に必要書類を添付して申請を行い、院長の承認を受けなければならない。
2 相談を受けたMSWは、必要に応じて申請を支援し、別に定める様式の調査書を作成する。
3 申請を受けた院長は、申請書、調査書、その他の添付書類を審査して、承認するか否かおよび承認するときは減免内容を決定する。
4 虚偽の申請を行った者は、詐欺罪の刑事責任および減免された費用を返還する民事責任を問われることがある。

5条は、申請と承認について定めています。申請は、医療ソーシャルワーカーとの相談を経て行われます。申請に至らなかったケースも含めて全例をカンファレンスで議論しています。

(終了)
第6条 無料低額診療による減免は、入院診療については退院許可により終了する。ただし、やむを得ない事情があると認められるときは、3日以内の期限を定めて延長することができる。
2 無料低額診療による減免は、外来診療については承認後6か月の経過により終了する。
3 無料低額診療による減免は、このほか、新規の承認を停止してもなお本院の存続が脅かされるような状況になったときにも終了させることができる。

6条は、無料低額診療による減免の終了について定めています。入院の場合は原則として退院許可で終了、外来の場合は6カ月で見直します。無料低額診療は、緊急避難的措置であり、公定価格より安く医療を受ける権利を与えるものではないということを、患者に理解してもらう必要があります。

(停止)
第7条 無料低額診療による減免の効力は、対象者が生活保護を申請するときは、停止することができる。

7条は、館山市に隣接する南房総市の社会福祉課が、生活保護法4条が規定する保護の補足性を理由に、安房地域医療センターで無料低額診療を適用した患者については、生活保護を行わないとしたことから追加されました。このような運用を許せば、民間の貧困救済活動は不可能になります。議論は紛糾しましたが、最終的にはこれまで通り、生活保護の相談を受け付けてもらえることになりました。

支援の端緒としての無料低額診療

安房地域医療センターにおける2013年度の取扱患者総延数は16万6427人日、うち生活保護患者を含めた無料低額診療患者数は4613人日、うち病院の負担による減免患者数は339人日でした。無料低額診療を実施して、相談した人の多くが、経済的問題に留まらず、複数の問題を抱えていることが分かりました。しかも、多くが適切な制度にアクセスできていませんでした。こうした中で、無料低額診療の導入により、病院として経済的問題に対応する態度を打ち出したことには、大きな意義がありました。医療ソーシャルワーカーが介入し、様々な支援につなげていく端緒が開けました。減免患者数は必ずしも多くありませんが、1つひとつのケースは深刻です。安房地域医療センターの無料低額診療は、確かな成果を上げています。


小松俊平: 無料低額診療規定. Socinnov, 2, e16, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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