社会経済的要因による健康格差

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (29)

近藤克則
千葉大学予防医学センター教授


経済学、社会学など様々な角度から我が国の格差や貧困層の拡大が指摘されてきました。しかし、その中で抜け落ちていたのが、社会経済的階層間における「健康格差」です。

要介護の新規認定は低所得者に多い

要介護者の増加は、世界一の超高齢社会日本だけの問題ではありません。将来の世界共通の社会的・政治的大問題です。解決方法を考えるには、要介護状態になる原因や危険因子をどのように捉えるのかが重要です。

要介護状態の原因疾患として1番多いのは脳卒中です。危険因子として高血圧があります。このため、全国の介護予防教室や健康教室では高血圧予防のための減塩や禁煙が熱心に指導されてきました。しかし、このような取り組みは、期待したほどうまくいかないことが分かってきました。心理的、社会的な背景に対する配慮が抜け落ちていたからです。

愛知県にある5つの保険者で、要介護認定を受けていない65歳以上の2万8162人を2003年11月から2007年10月までの4年間追跡調査しました[1]。介護保険料は、所得に応じて決まります。介護保険料で所得を5段階に分け、4年間の死亡と要介護認定の発生割合を比べたのが図1です。男性の最高所得層と最低所得層との間に、死亡率では約3倍、調査期間中の要介護の新規認定では約2.5倍の差がありました。女性では死亡率、要介護の新規認定ともに約2倍の差が見られました。

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所得は身体的健康だけでなくうつの有無など精神的健康にも影響します。うつは自殺の原因となります。また、虚血性心疾患など身体疾患の危険因子、予後不良因子でもあります。高齢者の所得階層別のうつ状態の割合を示したものが図2です[2]。3県15自治体の高齢者(要介護認定を受けていない65歳以上高齢者から無作為抽出または悉皆サンプル)を対象に、2003年に実施したAGES(愛知県老年学的評価研究)データを分析に用いました。縦軸がうつ状態に該当した人の割合、横軸が所得段階です。すべての年齢層で、所得が少ないほどうつ状態の割合が高くなっていました。すべての年齢層をまとめて集計すると、最高所得層の3.7%に対し、最低所得層では17.2%と約5倍の差がありました。

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日本は「健康格差社会」であることがお分かりいただけたと思います。データは示しませんが、心臓病、がん、外傷、アルコール依存症、自殺なども、社会経済状態が低い層で多いことが分かっています。

健康格差が見られる理由

なぜ「健康格差」が見られるのでしょうか。理由は複合的です。社会的階層が低いほど、「心理的ストレス」を抱える人が多くなります。こうした人たちは、人間関係が乏しく、支えてくれる人もなく、うつ状態で生きる希望を失いがちです。このような人たちが10年後の健康のために生活習慣を変えようと思えるでしょうか。実際に調べると、社会的階層の低い人ほど、運動習慣が少なく、喫煙者が多いのです。

禁煙や減塩などの行動変容が難しいことも分かってきました。一部で、減塩指導などの健康教育に効果があるとした無作為比較試験の報告があります。しかし、一般の人に対する健康教育の長期的効果については、体系的に研究を集めたシステマティック・レビューで否定されています。

自覚症状がない段階で病気を早期発見、早期治療するために健診があります。健診の受診と教育年数との関係を図3に示します[3]。これも2003年のAGESデータを分析に用いました。男性では、教育年数13年以上群の未受診率14.5%に対し、6年未満群では34.6%と未受診率が2倍以上でした。

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病気が発症した後も、医療費の自己負担が増えると貧しい人たちの受診が抑制されることが分かっています。

社会経済因子がどのように健康に影響するかをまとめたのが図4です。多くの経路があることが実証されています。

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WHO「健康の社会的決定要因」委員会の勧告

2012年の「健康日本21(第2次)」では「健康格差の縮小」が目標に掲げられました。背景にはWHOの総会決議があります。その元になった「健康の社会的決定要因」に関する委員会の最終報告書では3つの勧告がなされています。

第1の勧告は、人々の生活環境や生活条件の改善です。従来の生活習慣へのアプローチだけでは不十分であることが分かってきたからです。「社会環境の改善」は「健康日本21(第2次)」でも謳われました。

第2の勧告は、富や権力の不平等の改善です。これらを放置したまま健康格差だけが縮小するとは考えられていません。社会保障の所得再分配機能を強化する政策などが必要です。

第3の勧告は、健康格差の「見える化」と、それを縮小するための行動を起こしてそのインパクトを評価することです。

医療専門職には、身体的な側面だけでなく、患者や家族が抱えている心理的社会的な困難にも目を配ることが求められています。その際用いることができる心理的な方法として、例えば、認知行動療法があります。強いストレスを受けると、ものの考え方や受け取り方が歪んで悲観的になり、適切に行動できなくなります。認知行動療法は、患者の考え方が、より現実的でバランスの取れたものになるよう働きかけるもので効果が実証されています。

他にも様々な方法が考えられます。社会的な方法としては、患者会や家族会、医療ボランティアなど、患者や家族を支える人間関係を構築することがあります。健康保険や介護保険、様々な福祉制度を利用して費用の心配をせずに医療・介護サービスを受けられるように支援したり、従来以上に「国民の健康を守る」社会保障制度の拡充を世論や政策担当者に訴えることもできます。さらに、難しいことですが、様々な取り組みの健康格差縮小への効果を定量的に評価することも、医療専門職に期待されています。

文献
1. Hirai H, Kondo K, Kawachi I: Social Determinants of Active Aging: Differences in Mortality and the Loss of Healthy Life between Different Income Levels among Older Japanese in the AGES Cohort Study. Current Gerontology and Geriatrics Research, 2012, Article ID 701583, 2012.
2. 吉井清子, 近藤克則, 平井寛, 松田亮三, 斎藤嘉孝, 「健康の不平等」研究会: 高齢者の心身健康の社会経済格差と地域格差の実態. 公衆衛生, 69, 145-148, 2005.
3. 松田亮三, 平井寛, 近藤克則, 斎藤嘉孝, 「健康の不平等」研究会: 高齢者の保健行動と転倒歴: 社会経済的地位との相関. 公衆衛生, 69, 231-235, 2005.


近藤克則: 社会経済的要因による健康格差. Socinnov, 2, e15, 2016.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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