官民役割分担の原則

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (5)

小松俊平
医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員, 社会福祉法人太陽会理事長補佐


これから首都圏では、団塊世代の高齢化により、医療・介護需要が爆発的に増加し、必要な医療・介護を受けられない人が増えていきます。地方では、人口の減少により、多くの市町村が衰退していきます。衰退に向かう市町村からは住民が流出し、弱者が取り残されます。出生率が上昇しない限り、社会保障を支える現役世代の人口が減少し続けます。

日本の社会保障は、社会の変化への対応を迫られています。ケアシステムは、病院を中心に患者の治癒をめざすシステムから、地域の多様な関係者が連携して利用者の生活の質の向上をめざすシステムへと進化しつつあります。かつて現役世代の多くは、安定した雇用に支えられ、社会保障の対象外でしたが、この形も変わりつつあります。私たちも、教育、保育、介護、医療など、様々なサービスを密接に連携させ、若者の就労、社会参加を支援していく試みを始めています。

医療、福祉、教育といったサービスは、国や地方公共団体から強く統制されています。これらのサービスは、個々人の人格的生存に関わるのに、自由な経済活動に任せたのでは、うまく行きわたらないと考えられたからです。しかし、このことは、これらのサービスが、国や地方公共団体によってすべて直接提供されるべきことを意味しません。これらのサービスの提供には、医療法人、社会福祉法人、学校法人といった民間非営利法人が大きな役割を果たしてきました。不特定多数の利益を目的とする非営利法人を公益法人とすれば、これらの民間非営利法人は、公益法人と言えます。この定義によれば、国や地方公共団体も公益法人です。民間公益法人との違いは、公益実現の手段として、公権力を直接用いるか否かにあります。

民間公益法人の活動は、会社や市民と同じように、相手との合意によって進められますが、公権力の主体である国や地方公共団体の活動は、相手の合意を得ることなく、一方的に行うことができる点に特徴があります。公権力は、市民の権利を一方的に制約し、義務を課すことができる強い力ですが、それゆえに、その主体は自由に振る舞うことを許されません。現代社会では、国や地方公共団体は、法システムとして振る舞う場合にのみ、正当性を認められます。法システムとしての国や地方公共団体は、法規範の制定と執行という形式で作動します。法システムは、正しさの根本を過去に固定された規範に求めます。ものごとがうまくいかないとき、あらかじめ持っている規範に合わせて相手を変えようとします。このような規範的な態度に対して、経済、学術、テクノロジーといった社会システムは、認知的な態度を基礎とします。ものごとがうまくいかないとき、学習によって知識を増やし、自分を変えようとします。民間公益法人も、それが行政から独立した本来の意味の民間公益法人である限り、市場にあって生存を争う経済主体として、認知的に行動せざるを得ません。ニーズに合わせて自らを変え続け、成果を上げ続けられなければ、消え去るしかないのです。

日本の社会保障を、どのようにして社会の変化に適応させていくか考える際には、行政の限界を認識しておく必要があります。行政は、法に従わなければならないため、問題を的確に認識して、迅速かつ臨機応変に対応することは不可能です。公権力の主体として一方的に行動するため、時に独善に陥って破滅的結果を招きます。社会の変化は大きく、速く、複雑で、状況は困難です。法規範の制定と執行という形式で、問題を統一的に解決することは不可能です。社会保障の現場にあるそれぞれの主体が、それぞれの状況に応じて必死に考え、工夫に工夫を重ねた特殊な成功例を積み重ね、社会保障を進化させていくというアプローチを採らざるを得ません。国や地方公共団体の役割は、特殊な成功例が多く出るような環境を整えることです。現場に自由を与え、環境の公正さを保障することが重要です。

医療を例に考えます。日本の医療は、基本的に社会保険によって保障されています。県立病院も民間病院も、保険診療のルールによって診療を行い、報酬を得ています。行政機関が公費によって医療を一方的に与えるのではなく、病院が患者との契約に基づいて医療を提供しています。これが官民の競争を可能にし、医療サービスを進化させてきました。一方、診療報酬の外で、公費が合理性なく配分されています。機能の公益性が高いか低いかではなく、官立病院であるか民間病院であるかによって、公費の投入量が異なります。これが環境の公正さを歪め、自由な競争を阻害し、医療サービスの進化を遅らせています。千葉県の平成24年度病院事業会計の決算見込みは、収益440億円、費用427億円、13億円の黒字としていますが、収益の内106億円は負担金と交付金であり、税金からの穴埋めです。実質93億円の赤字です。民間であればすぐに倒産します。亀田総合病院は、救急、災害、僻地、周産期、小児など、公的医療とされるものを、どの県立病院も圧倒するほど提供していますが、投入されている税金はわずかです。行政がサービスを提供すると、質は向上せず、費用はかさみ、時にルールが歪められます。

民間公益法人の存在は、社会保障という営為の中に、公権力にしか担えない部分と、公権力でなくとも担える部分があることを示しています。前者はルールの設定と監視というアンパイアが担うべき部分であり、後者はサービスの提供というプレイヤーが担うべき部分です。アンパイアとプレイヤーに求められる資質は異なり、アンパイアがプレイヤーを兼ねると試合の公正が損なわれます。アンパイアはアンパイアの役割に専念し、プレイヤーはプレイヤーの役割に専念すべきです。


小松俊平: 官民役割分担の原則. Socinnov, 1, e5, 2015.

© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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