地域包括ケアの歴史的必然性

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (2)

猪飼周平
一橋大学大学院社会学研究科教授



2010年に『病院の世紀の理論』(有斐閣)を出版しました。「病院の世紀」という言葉は私が作ったもので、ほぼ20世紀に対応しています。そして病院の世紀の医療というのは、少し前、例えば1980年代くらいまで遡れば、大部分の医療者、患者双方にとって当たり前だった医療のことを指しています。一言で言うならば、患者を医学的な意味での治癒に導くことを究極的な目標とする医療になります。

19世紀までの西洋医学は、患者を治すという点で大したことはできませんでした。その中で経験的に患者の苦痛を和らげる手段が用いられたり、食事や休息が与えられたりする、それが医療システムの基本的な姿だったわけで、いわば福祉システムの一種だったのです。

それが、日本を含むかつての列強諸国の間で、19世紀の末から20世紀の初頭にかけて、医療システムの性格は大きく変化します。19世紀後半に加速した医学や医療技術の進歩を背景として、医療システムは、治療医学的な意味における治癒をめざすためのシステムになりました。そして、20世紀を通じて、医療システムは、治療にとってより効果的な姿を模索しながら、不断に再編成が繰り返されることになりました。

『病院の世紀の理論』の中で私は、病院の世紀における医学モデルは、障害者福祉の世界で言われている生活モデルに基づくケアへの転換を迫られていると述べました。

生活モデルには、基本的に2つの特徴があります。1つは、究極的なケア目標が良好な生活の質の達成に置かれていること、もう1つは、生活の質は、本人、環境を含む無数の因子の因果の網目の中で規定される、という意味でエコシステム的原因観を持っていることです。もっともこれらは特別なことでも何でもなく、皆さんが、友人の人生相談を受けたりする時に暗黙のうちに採用している枠組みと基本的には同じです。

広い意味におけるケアについて、生活モデルに基づくケアを「良いケア」であると感じる方向に向かって、人々の感じ方が、歴史的時間の中で変化しつつあります。

1970年代にそのような変化が福祉領域の各所で見られるようになり、1980年代には福祉システムの主流に、そして1990年代以降医療システムに浸透してきました。現在の医療システムは、生活モデルによって、患者の医学的治癒を目的とするシステムから、患者のQOLを支えるシステムへと変貌するように、社会的圧力を受けている状況です。

私は規範的な観点から、生活モデルにケアが準拠すべきだということを言っているのではありません。私が主張しているのは、人々が生活モデルに基づくケアを良いケアと感ずる方向に社会が動いているのであれば、ケアシステムもその価値観に沿う方向に変化してゆくのでなければ不合理であるということです。同じことですが私は、生活モデルを好むよう人々を啓蒙すべきであると言うつもりはありません。

人々の価値観が歴史的時間の中で緩やかに変化してゆくということは、私や政策の関与とは独立に進行している事実であり、私はそれを「再発見」したに過ぎません。そして、そのような歴史的状況の中で、ケアシステムが、生活モデル的価値観を基盤としたシステムへと緩やかに再編されることは必然です。

この知見が政策的に規範的意味を持つとすれば、生活モデル的価値観に沿う方向に向かって政策を進めてゆかない限り、人々の望むものとは異なるケアシステムが作られ、最終的に、ケアシステムを修正するために大きな社会的コストを甘受するか、不愉快なケアを甘受するかの選択を迫られるという意味で、社会が一種の罰を受けることになります。

『病院の世紀の理論』において、生活モデルに基づくケアシステムは、自ずとより地域的かつより包括的な内容を持つシステムとなるはずだということを述べました。その知見が、現在政策推進されている「地域包括ケアシステム」を根拠づけるものだと、霞ヶ関界隈の人々に受け止められましたし、私も現在の地域包括ケア政策は、それが進んでいる大まかな方向自体は間違っていないと理解しています。

一方で、現在の政策にはいくつか懸念もあります。第1に、地域包括ケア政策が高齢化対策として推進されていることです。高齢化対策が、高齢者のQOLを増進するという意味であれば、地域包括ケアが目的にかなうものであることは確かですが、高齢化対策が、財政的な危機を乗り切るということを意味するのであれば、目的に対して不合理な手段が用いられていることになります。というのも、地域ケアは基本的にケアをより高価なものにする可能性が高いからです。地域ケアを無理やり安上がりにしようとすれば、例えばケアを家族に押し付けるなど、劣悪かつ非効率なケアシステムが出来上がってしまい、政策としては逆効果になってしまいます。

地域包括ケアの推進に際しては、人々が良いと感ずるケアの構築と、より効率的なケアの構築を、「地域包括ケア」化という1つの政策によって実現できるという幻想が振りまかれたように思いますが、それはあくまで幻想に過ぎません。財政的に難しくなってゆく中で、いかに良いケアに向かって知恵を絞ってゆくか、というある意味「当たり前」の状況が続くことを覚悟する必要があります。

第2に、生活モデルは決して、高齢者にのみ適用されるべきケアモデルではないということです。広い意味でのケアを必要とする人すべてに対する支援が、生活モデル化することが社会的要請です。その意味では、現行の地域包括ケア政策は、社会が要請する包括性を備えていません。ただし、これは「地域包括ケア政策」そのものの欠点と言うよりも、日本の社会保障体制全体の設計の問題だと言えます。


猪飼周平: 地域包括ケアの歴史的必然性. Socinnov, 1, e2, 2015.

© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

pdf_bt