胃ろうはなぜ社会問題になったか

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (13)

熊田梨恵
医療問題ジャーナリスト
(聞き手・小野沢滋)



小野沢 ここ2年ほど、胃ろうがマスコミで騒がれるようになりました。私たち医療者からすると、胃ろうは効率の良い栄養摂取の手段であり、個人によって適応に差があるものです。うまく使えばいいこともあるし、確実を命を延ばせるのに、なぜ世間は「胃ろうが悪い、悪い」というような騒ぎ方をするのか、違和感があります。

熊田 マスコミが騒いでいるのは、認知症や病気の影響でコミュニケーションを取れなくなった状態で、その病気がもう治ることはなく、終末期に近い状態の人に着けられる胃ろうです。そういう状態の人に胃ろうが着けられた場合、延命の手段になってしまうことがありますよね。

小野沢 人によってはそうなってしまう場合もあると思います。

熊田 本人や家族がそうしたいと望んでいるのかどうか分からないままに、「生かされている」というような状態になっておられる方が、残念ながら一部にいます。マスコミがバッシングしたのは、そういう人たちにも胃ろうが必要なのかと。またそういう人がいるということは、もしかすると自分や家族も望まない延命をさせられてしまう可能性があるんじゃないか、ということです。報道も偏っているので問題はあるのですけどね。

小野沢 なるほど。栄養摂取をすることが本人のQOLを高めることにつながっていない場合が問題だと。そういう患者さんは実際には何人ぐらいいるのか分かっているのですか。

熊田 胃ろうを着けている人は40万人と言われますが、正確な統計はありませんし、不必要な胃ろうを着けている人がどれぐらいいるのかも分かりません。これが社会問題となったのは、2012年の新聞報道がきっかけです。胃ろうの着いた高齢者だけを入居させて寝かせきりにして、診療報酬と介護報酬、また一部には医療扶助、介護扶助以外の生活保護費すべてを国から払い受ける貧困ビジネスが一部にあったからです。「胃ろうアパート」と言われたりしました。必要な人に使われる胃ろうは大切ですが、悪質な医療ビジネスの餌食にされたり、本人が望んでいるかどうか分からない人たちへの胃ろうをどうしていくかということは、今後考えていかなければいけないと思います。今後高齢者が増え、医療資源が厳しくなるという面からも問題です。

小野沢 医師は「命を救う、延ばす」ことを至上命題として教育されています。特に急性期の医師にはまだまだ難しい部分があると思います。医師はあまり深く考えずに胃ろうを造ってしまい、その人がつらい状況になるのを見て、やっぱりやめたいとは思うかもしれない。しかし、やめる段になって、「罪になるからできない」と考えてしまうのだと思うのですが、実際はどうなのでしょう。

熊田 人工呼吸器もそうですが、1度始めた治療をやめると殺人の罪に問われる可能性があります。富山県の射水市民病院で起きた事件(※)は有名ですが、不起訴となり、罪に問われたのではありません。マスコミ沙汰になるだけでダメージを受けるので、マスコミ騒ぎになることを恐れる雰囲気があります。今は胃ろうが騒がれ過ぎて、逆に胃ろうを造らないという病院が出てきたり、患者や家族から「胃ろうは嫌だけど経鼻経管栄養ならいい」という要望があったりするようで、本末転倒なことになっています。

小野沢 2012年に日本老年医学会がガイドラインを出しましたが、影響はどうでしょう。

熊田 日本老年医学会のガイドラインは、人工的水分・栄養補給の導入に関する意思決定について、どのように考えていったらいいかというプロセスに関するものなので、考え方の参考にはなると思います。医療者からは「結局どうしたらいいんだ」という声もあるようですけどね。ただ、本人にとっての最善を見出そうとする中で、導入しないという選択肢もあり得るという所に踏み込んだのは、大きかったと思います。続いて日本透析医学会、日本救急医学会なども意思決定に関する考え方を示したりと、各分野に影響はあったと思います。

小野沢 今後も高齢者は増えます。不必要な胃ろうは減らせるでしょうか。

熊田 医療者と患者側のコミュニケーションが大切です。調査によると、胃ろうを造設する前に患者の嚥下機能を確かめる検査をしている医療機関は25%に留まりました。2014年の診療報酬改定ではこういった検査が評価されるようになりました。医療者が、患者や家族に丁寧に説明をしていくプロセスが求められています。看取りまでの期間が長期になる方も多くおられます。胃ろう造設は家族に対して、どのように本人の最期を考えるのか、そのために家族はどうすべきなのか、しっかり考えるよう迫ります。医療者と本人、家族が共に考え、思いを共有していく過程が大切だと思います。

※ 富山県の射水市民病院事件で2000年から2005年にかけて医師が50~90歳代の末期患者6人の人工呼吸器を家族の了承を得て外したもの。医師は書類送検されたが不起訴になった。


熊田梨恵: 胃ろうはなぜ社会問題になったか. Socinnov, 1, e13, 2015.
© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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