地域包括ケアの具体像を模索

Series: 地域包括ケアの課題と未来 (1)

小松秀樹
亀田総合病院地域医療学講座プログラム・ディレクター, 医療法人鉄蕉会亀田総合病院副院長, 社会福祉法人太陽会顧問


2013年8月に発表された社会保障制度改革国民会議報告書には、「地域での包括的なケアシステムを構築して、医療から介護までの提供体制間のネットワークを構築することにより、利用者・患者のQOLの向上を目指す」と地域包括ケアの概念が簡単に説明されています。しかし、地域包括ケアの範囲をどこまでとるのか、具体的にどうすればよいのか、模索中と言ってよいと思います。

亀田総合病院地域医療学講座は地域包括ケアをテーマとしています。そもそもこの講座は、地域医療再生臨時特例交付金による千葉県地域医療再生計画の一環として計画されました。千葉県では医師・看護師が極端に不足しています。講座は地域の医療人材確保を目的とするものです。日本では、少子化によって社会が大きく変化しています。地方で人口が減少し、都会で高齢者が急増しています。時代の転換期にあたって、医療従事者のめざすべき方向を示し、どうすれば社会に貢献し、充実した職業生活が送れるかを提案することで、医療人材確保の方法としたいと考えました。

活動内容は2つ。1つは映像シリーズと書籍を作成することです。日本の医療・介護の抱える問題を同定し、解決策を考えることで、地域包括ケアの具体像を模索します。2つ目は、地域包括ケアの規格化です。規格は地域包括ケアを検証、再現、共有可能な形で提示し、質の保障と向上をめざすものです。

時代の転換期

20世紀半ばまで、病気は自然に治ることはあっても、人間が治せるものではありませんでした。抗生剤の登場で病気が治せるという認識が、医学に対する畏怖と過大な期待を伴って広まりました。病院は治療の場として健康に関わる中心的存在になりました。医学研究に費用と人材が惜しみなく投入され、医学は長足の進歩を遂げました。進歩と並行して、基幹病院は巨大化の一途をたどりました。衛生状態を含む生活環境の改善とあいまって、日本人の寿命は、第2次世界大戦後、30年も延びました。現在、嚥下障害の高齢者に対する胃ろうの是非が大きな議論になっていることは、日本の高齢者の寿命が限界近くまで達していることを示しています。

生命維持を最大の目的とする大病院には、気持ちよく人生の最期を迎える機能が希薄です。しかも、加齢に伴う身体機能の衰えと生活の質の低下に対し、医学はほとんど無力です。

地域包括ケアの目的

筆者は、2011年、日本リハビリテーション医学会で「日本人にとって最良の老後とは」と題する講演の機会を与えられました。1カ月ほど考えて、幸せな老後の必要条件は衣食住と排泄の確保であり、十分条件は他者とのつながりの中での「居場所」の確保だとするとりあえずの結論を得ました。これは人間の生活そのものです。この中に、医療・介護も含まれます。我々は、地域包括ケアを生活全般の質を高めるための支援だと考えています。日本では、独居、あるいは、高齢者夫婦だけの世帯が増え続けています。こうした高齢者の生活の質を高めるには、医療や介護以外の生活支援が必須です。高齢者にとって切れた蛍光灯の交換が医療よりはるかに切実なことがあるのです。

医療・介護を含む様々な生活支援を、それを必要としている人に上手に届けるのにどうすればよいのか。我々は、インターフェイスに有償のワンストップ相談を置き、様々なサービス提供者につなげることで、きめ細かい生活支援ができると考えました。ワンストップ相談サービスの担当者としては、ソーシャルワーカーが適切だと考えています。

孤立した高齢者は困ることがあっても、相談サービスに自力でアクセスできません。あるソーシャルワーカーから、積極的待機と多段階接触という言葉を聞いて感心したことがあります。生活支援を必要とする孤立した高齢者に何度も接触して、支援を依頼させるように持っていくのだそうです。近代以後の「独立した個人」偏重は、判断能力と行動力の低下した弱者の支援を難しくします。例えば、個人情報の過度な保護は、孤立を強め、福祉サービスの提供を妨げる方向に働きます。逆に、日本では近代以前の問題が残っているため、個人の尊厳が十分に確保されていないことに起因する問題も考慮しなければなりません。

支える側の問題

支えられる側だけでなく、支える側にも解決の難しい問題があります。現在、介護従事者の収入が少ないため、人手を確保できていません。日本の都市部では、今後、高齢者の増加に伴い、要介護者が急増します。支え手をどう確保するのか、若い介護従事者の収入を高めるためにどのような方法があるのか、識者に尋ねました。

家族による介護にはもっと重い問題があります。我々は、家族による長期介護はできるだけ避けるべきだと考えています。知人の在宅医療専門家から、独身の息子による長期介護で虐待が生じた事例を複数観察していると聞いたことがあります。本書中の「メタボ検診より虐待検診を」で示されているように、虐待は個人の善悪の問題というより、むしろ、条件と確率の問題なのです。現在、介護のために、年間10万人程度の人たちが離職しています。多くは50代です。しばしば、1人の個人に介護の負荷が集中します。10年にも及ぶ長期介護は、比較的最近の現象です。戦前の家制度の時代にはめったになかったことです。長期介護に対応するのに、家制度の規範が有用だとは思いません。この重荷は、社会全体で分担すべきです。

規範ではなく認識

我々は、すべてを解決する対応策が見つかるとは思っていません。規範に解決を求めて、非難や制裁を振りかざしても悲劇しか生みません。ヨーロッパにおける科学の進歩は、宗教による規範化を脱して、「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性によって、安んじて研究に携われるように」(ニクラス・ルーマン)なったことによります。科学は、規範から脱した認識です。真理は、仮説的であり、暫定的です。ゆえに議論や研究が続きます。新たな知見が加わり進歩があるのです。

大きな問題であるほど、規範による裁断を避け、議論を完結させずに継続していく必要があります。

今後の方向を考える

本書は今後の方向を考えるための著作であって、知識を伝達するためのものではありません。そのため、各執筆者には、それぞれのメッセージが明確になるように、短く記述することを求めました。章立ては、問題を考えるための枠組みを作ることを念頭に構成しました。各章の冒頭に、問題点を理解しやすくするために、導入の文章をつけました。これは、プログラム・ディレクターである筆者が執筆しました。その章全体のテーマをまとめたものですが、筆者は実務家であり、様々な取り組みを計画し、実行しています。当然、記述内容には、実務者としての立場が反映されています。はしがき、あとがきを含めて、それぞれの文章は、執筆者個人の責任で書かれたものであることをお断りしておきます。


小松秀樹: 地域包括ケアの具体像を模索. Socinnov, 1, e1, 2015.

© 医療法人鉄蕉会, 社会福祉法人太陽会, Socinnov.

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