『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (15): おくりびとの死生観

小松秀樹


30年ほど前1980年代、ホスピス運動に関わったことがある。当時、私は山梨医科大学病院の泌尿器科の手術を指導する立場にあった。現役の外科系医師が、終末期医療に関わることはめったにない。私は、死を迎える患者の生活を楽なものにしたいと考えていた。会合でのフリーディスカッションで、私自身、死後の世界を信じていないこと、患者個人の死生観に立ち入ることなく、患者、家族にとって幸せな最期を提供したい、そのためには応対の方法、薬剤など技術面が重要だと考えていると正直に話した。何となく気まずい雰囲気が漂った。感想のメモに、何人かの人が私に対する強い非難を書き残していた。当時、ホスピス運動に関わる人たちの多くは死後の世界を信じており、それを信じていない人間を人格に欠陥があるとみなす傾向があることが分かった。

映画「おくりびと」で山梨での経験を思い出した。島薗進は、『日本人の死生観を読む』(朝日新聞出版)で映画「おくりびと」を取り上げた。「おくりびと」は、死者を棺に納めるための作業を行う納棺師が主役である。島薗の文章は非常に示唆に富んでいる。映画の情景が深い意味をもって浮かんでくる。

主人公の大悟は、オーケストラが解散になりチェリストの職を失った。故郷に帰り、求人広告の誤解から、たまたま納棺師として働きだす。妻の美香はこの仕事を嫌がり、実家に帰ってしまう。幼馴染の山下にも、もっとましな仕事につけといわれる。

映画の終盤、銭湯を一人で切り盛りしていた山下の母ツヤ子が急逝した。山下は銭湯をマンションに建て替えようとして、母と揉めていた。大悟の細やかで美しい納棺の所作を見て、山下は母と対立してきたことを深く後悔する。妊娠していることが分かって帰ってきていた美香も、夫の仕事の意義をようやく理解することになる。火葬を担当した平田は、銭湯の常連だった。ツヤ子に淡い愛を寄せていた。平田は「死は旅立ちであり、死に立ちあうことは、門の向こうに送りだすことだ」と語る。

同じころ、近隣の漁師町で一人暮らしの男性が死亡した。所持品から身許が判明し、大悟に連絡が届いた。大悟と母を捨てて、家を出た父だった。死体の手に小石が握りしめられていた。大悟が昔渡した石だった。納棺を行うことで大悟の過去のわだかまりが解消していった。

以下、島薗の文章を引用する。

「映画では死を主題とした印象的な会話が語られている。死をまったく疎遠で近づきがたいものとはせず、身近な事柄として考え語るという態度が示される。」

「死を人間が生きていく上で避けられない当たり前の事実だとする考えが示されている。」

「死があってこその生であり」「生から死を切り離して遠ざけることはできない。」

「死を経ることで親子の根深い葛藤が克服されうること、そして家族の絆が回復されうることを示唆している。」

私が30年前の出来事を思い出したのは、納棺の技術的側面が重視されていたことにある。納棺師にとって、有用なのは死生観ではない。プロとしての態度と技術である。痛みを気遣う態度、所作の細やかさ、美しさが、遺族の心を落ち着かせ、家族の絆を思い出させる。

「(映画は)精妙で流麗な儀礼的所作の美的な力を雄弁に表現している。」

「『おくりびと』は教義や宗教組織や悟りの境地などではなく、儀礼や修練された所作にこそ希望をかけている。」「それは洗練されチェロの演奏や高度のビジネス・パフォーマンスを通して、個々人の心理的安定や幸福感が享受されることへの期待と相通じるもののようである。」

島薗の現代社会の絆についての記述は鋭く深い。

「『おくりびと』では父と子、母と子、そして妻と夫のか細くはかない絆が問題になっている。ハッピーエンドに終わっているようだが、決してがっちりとした温かい絆の回復が期待されているわけではない。個々人が習得する入念精妙なパフォーマンスに支えられて、かろうじて絆が実感される。」

「この作品は、実は単身者たちの物語ではなかったか。」「長く孤独で住所も不確かな大悟の父や、おそらく単身生活の上、二年前に亡くなった大悟の母だけではない。」「多くの重要登場人物は単身者のようである。」「そもそも地方の小都市の閑散とした街路風景が、薄れゆく絆を露わにしている。」

「この作品は、厳しい死の表象を媒介とすることで、かろうじて薄くか細い絆への信頼感を呼び覚まそうとしていると見るべきだろう。広々とした庄内平野の春風に吹かれながら、朗々と奏でられるチェロの響きは、そうした孤独な現代人の心象風景にふさわしいように思える。この解釈は、現代における死の文化の復興と見られるもの全体の解釈にも関わってくる。個人化の進行によって自己を支える共同体をみいだしにくくなった現代人は、死や喪失を強く意識し、その表象を深く内面化する。そしてそのことによって、はかない個々人の間の絆を保持し、かろうじてわが身の置き場所を確保しようと試みている。」

現代人が、氏神を共有する地域の共同体や、祖霊を共有する家に自己の居場所を求めるのは難しい。孤独な現代人という設定は、島薗自身の状況や考え方を反映しているのではないか。

島薗は、『日本人の死生観を読む』の第4章「『常民』の死生観を求めて」において、柳田国男と折口信夫の葛藤について語っている。柳田は、日本の固有信仰は祖霊信仰だとする。お盆ごとに家に還って、子孫と食事を共にする祖霊は子孫の繁栄を願う。先祖から子孫への連属する「家存続」を願う意識が固有信仰の基礎である。

これに対し、折口は柳田の主張する日本の固有信仰になじめなかった。外部の異界から来訪する神、「まれびと」に対する畏怖と信仰を重視した。地域の共同体が国家に統合される過程で、共同体の神はあるいは統合され、あるいは共同体と共に消滅した。共同体の宗教者が地方豪族の庇護から離れて漂白の身になる。放浪の行者、巡礼、高野聖は漂泊の旅で死んでいった。村人たちは、放浪する白い着物をきた宗教者を畏怖し、行路に斃れた死体を葬った。折口自身、民俗学者であるが、文学者としての側面が大きい。また、社会から外れた異邦人と自らを規定した。同性愛者であったことと何らかの関係があったかもしれない。島薗は「折口は共同体から放逐された個の意識にこだわり、そこから死をとらえようとする観点をもっていた」と書いている。島薗が折口の孤独に共感していたことと、「おくりびと」に現代人の孤独を感じとったことが重なって見える。