『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (9): 小松俊平「規格」について考える

小松秀樹


2012年、筆者が安房10万人計画を提唱した直後、ケアの水準を向上させて地域優位を作るのに、規格が有用ではないかという意見が出てきた。以後、粘り強く議論を積み重ねてきた。規格とは、合理性に基づく標準化、あるいは、非権力的行動プログラムである。規格は、認証、契約、協定などを併用することでサービスを予見可能なものにする。サービス向上のツールになる。大きな規格では、教育システム、資格、倫理規範、紛争解決パネル、情報集積などが必要になる。

非権力的枠組みによる規格の世界的成功例を挙げる(グンター・トイブナー『システム複合時代の法』)。ICANNはカリフォルニアの民間団体である。ドメイン名割り当ての問題を扱う効率的な管轄制度を発達させてきた。ICANNとベリサインとの契約によって、ベリサインはドメイン管理者として行動することができるようになる。ベリサインは各国のドメイン管理者と契約。各国のドメイン管理者は、インターネット利用者と契約。この契約は統一ドメイン名紛争処理方針というインターネット規制を参照している。ICANNは諸公共団体と契約。合衆国政府が私的契約を通じて影響力を確保。契約の複雑な連合によって包括的な規制システムを創設できた。インターネットに関わる各国の国内においてだけ妥当するような決めごとは出現していない。

筆者は小松俊平と共に、以下のような規格作成基準を考案した。
1. 合理性
合理性のみを基準とする。
2. 非権威性
権威による正当化を求めない。多数決、学会、行政による権威づけは採用しない。
3. 有用性
サービス水準を向上させ、利用者の生活の質を高めるために、サービス向上の取り組みを検証、再現、共有可能な形にする。
4. 可変性、発展性
完成系を目指さない。中長期的に有用性が発揮できればよい。そもそも地域包括ケアの具体的形が確定していない。変化させていくのが前提になる。
5. 非網羅性
すべてを覆う大体系にしない。重要性を考慮し、有用性が最大になるよう扱う範囲と内容を設定する。規格で扱わない個別サービスは当然生じうる。
6. 多様性
利用者、サービス提供者、利用者と提供者の環境のいずれも多様である。多様な解決がありうることを前提とする。
7. 現実性
無理な要求をしない。生業として成り立つことが前提条件。
8. 簡素性
可能な限り簡素なものとする。
9. 透明性
ネット上で議論が見える形にする。
10. 連携を扱う
サービスの質の向上は、個別サービスのみならず、連携に依存する部分が大きい。個別サービスの組織、プロセス以外に連携を扱う。

規格は私益や特定のグループの共益のためではなく、公益のためでなければならない。亀田総合病院地域医療学講座の予算を利用して、地域包括ケアの規格作成をしたいと考えたが、亀田総合病院が規格作成の主体になったのでは、広く受け入れられない。医療法人は利益を分配できないが、他の病院との間に競争があり、地域包括ケアの中身に個別の利害を有している。筆者は、特定非営利活動法人ソシノフを、規格を作成、保持、発展させていく主体にしたいと考えていた。

地域医療学講座の企画段階で、規格という発想に、千葉県の理解が得られなかった。粘り強く、何度か、長時間にわたって説明した。当時の医療整備課長は、自分が有用だと判断しない限り、規格に予算を出さないという毅然とした態度を堅持した。同時に、我慢強く、説明に耳を傾け、最終的に、同意してくれた。個人的意見として、規格というものに考えが及ばなかったと正直に述べ、地域包括ケアに形を与え、方向を示すものとして規格を高く評価してくれた。

我々は、規格の影響力を大きくし、行政の干渉を抑制するために、英国の権威を利用しようと考えた。英国規格協会(BSI)の民間仕様書(PAS: Publicly Available Specification)という商品の利用について、BSIと交渉を重ねた。権威と合理性の相性が悪く、以下の理由によりBSIとは契約に至らなかった。(1)費用がかかりすぎること、(2)2年毎の改定のたびに費用がかかること、(3)著作権がBSIに所属し、クライアントや他の第三者が有するかもしれない競合的権利を認めないこと、(4)改定するか、英国規格、ヨーロッパ規格、ISOに格上げさせるか、流通を終了させるかがBSIに委ねられてしまうこと、(5)クライアントがBSIの評判を落とす行動をとったとBSIが判断すれば、BSIは一方的に契約を終了できること、(6)準拠法が英国法であり、英国法廷に専属的国際裁判管轄が設定されること。

規格について戦略を練り直し、規格作成、改変の仕組みを、開かれた形で構築することにした。モデルはオープンソースでソフトを開発しているモジラ・ファウンデーションである。作成した規格は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(http://creativecommons.jp/licenses/)を使って公開したい。いずれ、ソシノフのウェブサイト(http://www.socinnov.org/)上に議論の場を設けるつもりである。

ソシノフの基本的な考え方は「民による公益活動」である。強制ではなく、共感と自由意思による参加で、可能なことから問題を解決する。規格がその手段である。

規格の作成プログラムをまず作成する。規格の基本的な枠組み、すなわち、規格の理念、規格の形、議論の方法、改変の方法などを記載する。規格の具体案については、反発のないように、誰も反対できないようなものから作成する。

具体案として、既に実施している無料低額診療を規格の形にして全国への普及を図る。無料低額診療の規定を設定し、目的・限界を明確化する。すべての事例で、ソーシャル・ワーカーによる個別聞き取り調査を実施し、事例カンファレンスで情報共有を図る。対象となる生計困難者は、複合的な問題を抱えており、しばしば、無料低額診療以外の支援も必要としていた。聞き取り調査がさまざまな支援の端緒になった。

もう1つ具体案として、有償ワンストップ相談サービスが重要なテーマだと考えている。ソーシャル・ワーカーが高齢者の相談サービスを担当する。ニーズを把握して必要なサービスにつなげる。生活上の大きな分岐点での判断、意思決定の支援を最大の役割とする。