『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (1): 出版にあたって

小松秀樹


2015年8月末、『地域包括ケアの課題と未来―看取り方と看取られ方』(ロハスメディア社)がやっと出版までこぎつけた。映像シリーズ制作が主目的で、本書はシナリオを書籍化したものである。この話が持ち込まれて以後、次々と障害が立ちふさがり苦労の連続だった。

妨害のため、映像シリーズのDVD化と地域包括ケアの規格化プロジェクトは、断念せざるを得なくなった。本だけは何としても世に出したいと考え、法律家、出版社を交えて協議し、出版妨害を避けるための方法を考えた。

映像シリーズ、書籍の内容ともに、特定非営利活動法人ソシノフのウェブサイト上に公開していくので是非ご覧いただきたい。また、編集にあたって、筆者が考えたことを書き綴っていく予定である。地域包括ケアについての理解が、より多元的に、かつ立体的になれば幸いである。

地域包括ケアは高齢者対策として議論されている。しかし、日本では格差が広がり、高齢者以外にも、社会からの支援を必要としている人が増えている。健康問題も高齢者に限ったことではない。バブル崩壊後、経済停滞が続き、国には莫大な債務が積み上がっている。本書では日本の社会状況を俯瞰することから議論を始めた。地域包括ケアの対象、提供すべきサービスについては、想定をできるだけ広げた。章立ては、地域包括ケア全体を考える基本的な枠組みを意識して作った。当然だが、貧困と健康についてもプログラムに組み込んだ。

日本の国力が衰える中で、ケアの恩恵の総量を最大にするだけでなく、ケアを日本の将来の発展につなげなければならない。限られた資源を有効に活用するためには、地域包括ケアを社会全体の中で位置づけ、ケアの優先順位を考え、その選択を政治プロセスに乗せる必要がある。

社会保障費が抑制される中で、生活保護一歩手前の生計困難者は社会の支援の外に押しやられがちである。2014年9月、千葉県銚子市の県営住宅に住む母子家庭で、母親が無理心中を図って、13歳の中学生の娘の首を絞めて殺すという悲惨な事件があった。

以下、2015年6月12日の朝日新聞digitalから引用する。

「給食センターでパートとして働き、児童扶養手当などを合わせても、月の収入はおおむね11万~14万円。時期によって極端に少ない月もあった。2012年途中から家賃を滞納。可純さんの中学入学の準備のため、13年2月ごろヤミ金に手を出した。可純さんにはバレーボール部のジャージーやシューズ、アイドルのグッズなどを買ってあげた。強制執行日の昨年9月24日朝。同じ布団で寝ていた可純さんの首を、はちまきで絞めた。数日前にあった体育祭で可純さんがしていたものだった。地裁支部の執行官らが室内に入ったとき、被告は可純さんの頭をなでながら、体育祭で活躍する可純さんの映像を見ていた。」

この事件は、犯罪として処理されたが、精神的ならびに肉体的健康の問題でもある。県住宅課は母子の生活の困窮を知る立場にあった。利用可能な支援制度について積極的に情報提供をしなかったばかりか、司法を利用して追い出そうとした。母親は、銚子市役所の社会福祉課には一度相談に訪れたが、その後相談はなかったという。日本の役所の福祉の窓口は、申請主義を盾に、しばしば弱者に冷淡である。

現在の日本では、こうした母子家庭より、高齢者への支援が手厚い。地域包括ケアの対象に母子家庭は含まれていない。2010年の後期高齢者医療制度の総医療費は患者負担を含めて12兆7000億円だった。一方で2013年度の文教予算は5兆4000億円に過ぎない。75歳以上の高齢者の医療費に、研究費を含む全文教予算の2.5倍の金がつぎ込まれている。日本は、教育への公的支出の対GDP比が先進国の中で最低である。しかも、こどもの貧困率が上昇し、2012年には16.3%に達した。経済格差は教育格差を生み、教育格差は将来の経済格差を生む。貧困が世代間で継承されることになる。

医療費には節約できる部分がある。高齢者への多剤投与は、無駄であるばかりか危険でもある。最近発売されている抗がん剤は、効果が小さい割に、極めて高価なものが多い。

2014年度、薬剤売上ランキングのトップは、抗血栓症薬プラビックスの1288億円だった。1人1日分282.7円で、同じ目的で使われるバイアスピリン5.6円の50倍である。値段差は大きいが、心血管イベントの予防効果の差はごくわずかでしかない。薬価と効果の差を説明することを前提に、バイアスピリンとの差額を患者負担にしてはどうか。

進行前立腺がん患者に使われるジェブタナという薬剤は、1バイアル60万円で3週間に1回投与される。ほとんどの患者に有害事象が発生する。ジェブタナ投与群の生存期間の中央値が15.1か月、対照群は12.7か月とその差はわずかである。厚労省は、このような薬剤まで保険診療で使用することを認めている。

高価な新薬の多くが外国で開発されているので、医療費として使われた金が外国に流れる。その分、高齢者の生活を支えるための人件費が削られる。ジェブタナを保険診療から外して、混合診療で使えるようにしても問題は生じない。

日本では、出生率の低い状況が続いている。働き手は継続的に減少し続けるが、戦後のベビーブームの影響で高齢者は当面増加し続ける。現状のまま推移すれば、2053年、日本の後期高齢者数は最大になり、2010年の1.70倍になる。一方で、20歳から64歳の働き手は2010年の59%に減少する。将来の働き手の人口を増やし、収入を高めなければ、日本社会は到底維持できない。子育て支援と教育への投資は、将来の高齢者対策でもある。